妙泉寺住職よりごあいさつ

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永代供養墓への高まるニーズと背景

「核家族化」とか「少子化」という言葉を耳にすることが多くなりました。
子どもの数が少なくなった昨今、代々受け継いできた墓を誰が守っていくのか、悩む家庭が増えています。
子どもの数は確実に減り続け、一人の女性が一生涯に生む子どもの数は、2007年全国平均1.21人(東京都0.99人)、まさに一人っ子時代になってきました。

一人っ子同士の結婚の場合、守る墓は2ヶ所になります。
お墓参りができない方に代わり、寺が責任を持って供養と管理をする永代供養墓は、1985年の比叡山延暦寺の「久遠墓地」に始まり、主に1990年代から全国の寺院や霊園に開設されてきました。

大きく分けて、屋内型と屋外型に二分されます。
屋内型はロッカー形式のものや、仏壇を備えたものもあります。
屋外型は納骨室に遺骨を納め、外からお参りするものが多いようです。
ロッカー型のように、自分専用のスペースがあって、扉を開けると写真や遺影が置けるタイプのものは一般的に管理料が発生します。
また屋外型で、共同の参拝所でお参りするタイプのものは管理料がかからないところが多いようです。
近頃は、専用の磁気カードを入れると遺骨が搬送されてきて、直接対面できるもの、また、たくさんの納骨棚の中に、自分の家族の遺骨が納められた部分のクリスタルグラスが光り輝くというものもあるようです。

納骨方法もいろいろで、骨壷のまま安置するもの、専用の容器に入れかえるもの、分骨を少し取り、残りの遺骨は合祀するもの、また、最初から合祀するなどいろいろです。
その他、遺骨の保管年数もまちまちで、1、2年から50年位まで、費用も数万円から数百万円まで、かなりの差があります。
NPO法人永代供養推進協会によると、永代供養墓は現在1000ヶ所くらいはあるそうです。
代表の小原崇裕氏は「お墓、お寺を見学するだけでなく、必ず住職に会って、永代供養墓に対する姿勢を確認することが大事」と話しています。

お墓に対する考え方が最近少しづつ変わってきたように思います。
バブル景気の頃は、お墓に300万円から500万円位かけるのは珍しいことではありませんでした。
また急がないと墓地がなくなると考えられていたようです。
その後、民営の霊園が東京都内にも出現し、寺院墓地と霊園の両方から選択できるようになりました。
お布施、寄付金など経済的な負担が少ない霊園は以前から人気がありましたが、ここ数年、納骨堂形式の永代供養墓が、新しい納骨方法の一つとして認められてきました。
その主な理由を上げました。

  • 承継者の問題がない。
  • 管理料、寄付金がない。(または小額)
  • 費用が一般の墓に比べると小額。
  • 遺骨の引き取りが可能なところもある。

昨今の子どもが少ない時代、加えて結婚しない男女の増加、離婚の増加により、従来の「◯◯家先祖代々之墓」を親から子へ、子から孫へ、家名と血縁を承継していくことが難しくなってきています。
以前は、ひとり娘にムコ養子を迎えてという家も少なくなかったと思いますが、最近は妻の姓にはならず、妻の家族と同居する「マスオさん」が増えてきているようです。
墓は一代一代のものという考え方が、少しずつ芽生えてきています。
夫婦(兄弟姉妹)が一つのところに入ることができればそれでよい、ということです。
うちの寺では、昭和の初期頃までは、墓はもともと夫婦(めおと)墓でした。
戦後、火葬の普及や、墓地用地の問題などにより「◯◯家先祖代々之墓」に移行していきました。
最近では期限付き夫婦墓もできていますが、形あるものを残さず、墓や供養のことで子や孫に負担をかけたくないという方が増えつつあるようです。

長引く不況、親類縁者、地域社会との希薄な関わり、いろいろな要素が加わって大きい墓ではなくて小さい墓や、利便性、経済性に優れた納骨堂、永代供養墓に変わりつつあります。
しかし、時代の変化でお墓のありようが変わっても、人の道として子が親の供養をするのはあたり前のことです。
元気なあいだはお参りして親を供養するものだと思います。
本来、自分が死んだあとが永代供養で、お寺に供養してもらうものなのです。
私は住職の務めは、お骨をお預かりするのが仕事ではなく、お預かりしている大切な故人の霊に向かい供養のお経を上げることが勤めと思い、日々一生懸命お経を上げています。

永代供養墓・遺骨の保管年数

一般的な納骨堂の場合、年間管理料が発生します。
ですから管理料を納め続けている間は、使用権が認められるわけです。
一方、永代供養墓は管理料と供養料を最初にまとめて納めます。

では永代供養墓で遺骨をどのぐらいの年数安置(保管)したら良いのかというと、それは故人との関わり、思いにもよりますが、「自分が元気でお参りできる間、そのままにしてほしい」という方が多いようです。
人生90年の時代、夫婦ともに70歳としたら、残されたお連れ合いが元気な間というと、20年から30年あれば概ねよしということになります。

しかし、子どもが元気な間というと、その倍くらいの年数が必要になります。
例えば30歳代の娘さんが元気な間というと50年以上必要ということになります。
しかし長期を希望すれば当然、金額も大きくなるでしょう。

ですから金額と年数のバランスを考えると20年から30年がベストなのかと思います。
また大切な人を亡くした直後の重い気持ちも20年から30年たつと、気持ちも少し軽くなっていることでしょう。
遺骨安置型の永代供養墓の場合、約束の年数が経過した時に、希望により更新も可としているところもあります。
そうすれば少し将来の安心感が持てます。

最初から合祀型の永代供養墓の場合

合祀型の永代供養墓は骨壷安置型より費用が安く設定されているところが多いようです。
合祀型を選択する場合、すべての遺骨を合祀することに抵抗を感じるようでしたら、「手元供養」をお勧めします。
遺骨の一部を小さいお地蔵さんやペンダントに納める新しい納骨方法です。
いろいろな納骨方法がありますが、大事なことは、しっかりお経をあげて供養していくこと、これが住職の立場から言いたいことです。

妙泉寺永代供養墓「久遠廟」

初代久遠廟

初代久遠廟

私が住職を務めています妙泉寺の永代供養墓「久遠廟」(くおんびょう)は2002年3月春彼岸に完成しました。
納骨数は生前予約の方を入れて延べ500名を越えました。
遺骨の管理方法は、最初から合祀するか、骨壷のまま25年間安置し、以降合祀するかの、どちらかの選択になります。
25年間安置する納骨方法は、その期間内でしたら遺骨の引き取りも可としています。
また25年以上長く安置して欲しい場合は、24年経過した時にお申し出ください、とお話しています。

久遠廟建立のきっかけは、古いお付き合いのお檀家さんの女性(当時82歳)からのお申し出によるものでした。
この方は独身で墓を守る子どもがいませんから、ご自身の家の墓の事で心配しておられました。
ある日、お墓参りに来られた時、みんなで安心して入れる合同の墓を造って欲しいと言われ、建設費の一部にと、ご寄進を頂きました。
そして、「私が亡くなってからでも構いませんからゆっくりと考えてください」と言われました。
いつか永代供養墓を造りたいと考えていた私にとって、後ろから背中を押されたような出来事でした。
そして1年後、現在の久遠廟が完成しました。なお、その女性は現在もご健在で、お参りに来られています。

インターネットの普及は目ざましく、ネットで見たという人から毎日のようにお問い合わせの電話がかかってきます。
遠い所では、アメリカ在住の方からお申し込みがありました。
お一人はカリフォルニア州在住で、子どものいない日本人ご夫婦の奥様が亡くなられて久遠廟に納骨されました。
ご主人はまだ、お仕事でアメリカに住むとのことです。
はるばる日本にまで納骨に来られたのは、アメリカでは納骨堂や墓は、キリスト教徒でなければ使用できないというお国の事情があるようです。

もう一人の方は、アイオワ州在住、独身の日本人女性です。
アメリカに移住して50数年、ご自身が元気な間はアメリカで過ごし、亡くなったら日本の土に還りたいとのことです。
同じ日本人として嬉しく思いました。
国内で遠方の方では、沖縄本島のとなりの島、与論島在住のご夫婦からお申し込みがありました。
現在、奥様の実家のある与論島で、小学生の一人娘さんと家族3人でお住まいの方です。
ご主人は東京出身で、東京ご両親が亡くなられて、与論島に納骨するよりもご両親が住み慣れた東京のほうが良いだろうということで、東京、江戸川区の妙泉寺に納骨を決められました。
江戸川区は若夫婦が与論島に帰るまでの新婚時代を過ごしたところだそうです。

毎日毎日、久遠廟にお参りされている方もあります。
ある方は、16歳の娘さんをなくされたお母さんです。この方は毎日、少しずつお花をお供えされます。
久遠廟には毎日たくさんの花が供えられています。
しかし8月、炎天下が数日続くと、いくら花の水やりをしても全滅状態になります。
真夏の花がもたない時期にも、毎日少しずつ届けていただくことは、私住職にとってとても嬉しいことの一つです。
ですから私も負けずに、せっせと花の手入れをします。
これが私の日課です。

花の絶えない久遠廟をめざして6年が過ぎました。
年々お参りも増え、お盆やお彼岸以外の日でも、花がたくさん供えられるようになりました。
しかし毎日、花を管理することはとても大変で、最近はシルバー人材センターの方にも、お手伝いしてもらっています。
高輪泉岳寺の赤穂浪士の墓は、一年中、線香のけむりが絶えないそうです。
将来は「けむりの絶えない久遠廟になればなあ」と思います。
久遠廟がまもなく一杯になります。
同じ場所に現在の建物の4倍位のものを再建する計画をすすめています。

『千の風になって』ー故人の霊は風になって飛んでくるー

亡くなった人の都合を優先した場合、どのような墓、納骨方法が喜ばれるでしょうか。

エジプトのピラミッドも、日本の古墳も墓であり、日光東照宮も徳川家康を神格化して祀った墓です。
今も昔も、人が亡くなると墓を造り、祭祀を行ってきました。
それは、死は無ではない、肉体が滅んでも魂が残ると信じられてきたからでしょう。

しかし、最近の日本人は、死を無と考える人が増えているかと感じます。
毎年3万人を超える自殺者がいるそうです。
生きていくことに忙しすぎて、死について考え、見つめる時間、機会が少ないのかとも思います。我が祖日蓮聖人は「臨終のことをしっかり勉強してから、その他のことをしなさい」とお手紙に書かれています。
学校教育の中で、宗教的情操教育はより一層充実したものが望まれ、僧侶はじめ宗教者に課せられた役割は大きいと思います。
一周忌や三回忌などの法事に親戚や故人に縁の深い人が集まって、僧侶にお経を読んでもらう、僧侶も何か故人のこと、死後の世界について話をする、そして故人のことを思い出し、あの世で元気にやっているのかなと考えながら墓参り、久しぶりに会った親戚と和やかに会食、どこにでもある風景ですが、次世代に伝えたい慣習の一つです。

大晦日の紅白歌合戦で「千の風になって」の歌が3年続けて歌われました。
「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」と始まるこの歌に、家族を亡くした人の多くが、心が癒されたといいます。
お墓参りが減ったという話もあるらしいですが、私の寺ではむしろ増えたように思います。
この歌は、死は無ではないことを歌っています。
墓にはいないけれど、墓に行けば来てくれるのかもしれない、何かを感じられるのかもしれないと歌は伝えていると思います。

墓は死者にとって現住所のようなものだと思います。
これは見えないことを、私が思いつくままに書くわけですから、何の根拠のない事であることを申し添えます。
家族が墓参りに来る、すると故人の霊もふっと墓に降りてきます。
墓石の奥深くにいるというよりも墓石の傍らに立って、こちらをじっと見ている、という感じだろうと思います。
そして家族が墓参りを終えて帰ると、故人の霊もまたどこかへ飛んで行く、そんな存在だろうと思います。
冷たく暗い墓石の中に、じっと住み続けているのではなく、墓は故人の霊が降りてくる、よりしろみたいなものだと思います。
墓は北海道にあるけれど法事は東京でする、ということは実際あることです。
法要の開始に先立って僧侶が故人の霊を呼び寄せ、そして法要が終わりに近づくと、どうぞお帰りください、と読経の中で文言を述べます。

遺骨と霊魂は別のものです。
遺骨を粗末に扱うことは良くないことですが、遺骨を大切に保管すればそれで良いということでもありません。
ここでまた住職として一言、「供養第一なり」です。
「供養第一なり」と考えた時、納骨の方法はどのような形でも構わないと思います。
つまり従来の一戸建ての墓石にこだわる必要がないわけです。
むしろ近年の少子化時代に、家名を重んじた家墓が現状に合わなくなってきました。
また江戸時代から家墓を管理することによって成り立ってきた檀家制度にも無理が出てきています。
半世紀もすると日本中、承継者のいなくなった墓だらけになってしまうかもしれません。

2009年、「100年に一度」といわれる大不況に世の中、皆きゅうきゅうとしています。
何事もお金をかけない風潮です。
葬儀も家族葬ブームで、すべて縮小ムードです。
墓は小さめのもの、納骨堂、永代供養墓は安めのところに人気が集中しているようです。
そうした中、都心の一等地に立つ、高級な納骨堂、永代供養墓も実際伸びています。高級型か、安価な庶民型に二分されているようです。

葬儀式場のポスターに「みんな老後のことは考えている。しかしその先のことは考えていない」と書かれていました。なるほどと思いました。
しかし、だれしも不安な気持ちはあると思います。
そして残された家族に迷惑をかけたくない、というのが本当の気持ちだろうと思います。

先日、39歳、独身という男性が久遠廟の見学に来られました。
見学の理由は、元タレントの飯島愛さんが自宅で急死したニュースをテレビで見て、自分の墓のことが心配になったそうです。
よく、お話を聞くと、ご両親は健在とのことでした。
だれしも先の事はわかりませんが、親を送るのは子のつとめです。
しかも、ご自身が墓に入るのは、平均寿命からすると40年以上先のことですから、あわてず、ゆっくりとお考えください、と話しました。

これからの時代、墓のことで悩む人は増え続けるでしょう。
そして、永代供養墓や納骨堂を希望する人も増え続けると思います。
受け入れていく寺側も、人々の信頼を裏切らない永続的な供養、管理、運営を日々心掛け、また社会のニーズに耳を傾けていきたいものです。

妙泉寺 住職 鈴木 英成
2009年5月発行 「自分らしい葬儀とお墓の全てが分かる本」より許可を得て抜粋
※文中の内容は執筆時点のものです。

三省堂 書籍紹介ページ

自分らしい葬儀とお墓の全てが分かる本

久遠廟へのアクセス

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